第4回口頭弁論 2021年9月27日
2021年9月27日(月)16時から、東京地裁で第4回口頭弁論が行われました。今回は、前回に原告側が提出した準備書面内容に対して、被告国側からの反論内容が示されました。
裁判後の報告会には、会場に35名、Zoomで25名の計60名の方が参加しました。ネットの不具合により、一部配信が中断し、Zoom参加の方には失礼しました。改めて、弁護団の解説による国側の反論書の内容を要約してお伝えします。
1.そもそもの法律論に終始
今回、国側から示された反論は、大きく分けて、①「国会議員の立法不作為に関する原告の主張について」と②「厚生大臣の不作為に関する原告の主張について」の二部構成になっています。二つとも、冒頭で「前提」として、国家賠償請求訴訟法1条1項の「違法」とは何を指すかとの法律論を記しています。(以下、被告国側から提出された「準備書面3」の内容を要約して「 」で示します。)
①国会議員の立法不作為については、「結果として権利侵害が生じたかどうかではなく、職務上の法的義務に違反した場合に限られる」としています。最高裁判例を引いて、「立法の内容や立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を侵害するものであることが明白な場合」、「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白にもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合など、例外的な場面に限られる」と反論しています。
②厚生大臣の不作為については、「問題とされる公務員の行為が「職務上の法的義務」として義務付けられたものであり、当該作為を求められる公務員が、注意義務の内容を認識して尽くすことが可能な程度に明確なものでなければならない」としています。「法律による行政の原理に適合する形で判定されなければならず、根拠となる法令の規定や、その趣旨・目的等に照らして、多種多様な内容・方法と情勢に応じた対応が求められるのが行政施策であり、その内容が一義的に定まるものではないものは、職務上の法的義務と解される余地はない」とした上で「法的義務違反は、被害を受けた個人に対して負担する法的義務の違背があることが必要」としています。
法律の門外漢にとっては、分かりづらい言葉が続きますが、つまり、この「前提」に照らすと、原告の訴える内容は国賠法上の違法があったとはいえず、立法府(国会)と行政府(厚生労働省)の不作為(為すべきことを何もしなかった)責任を原告は訴えているが、国は応じる責任も無いと否定しています。そもそもの法律論上、この訴えは成立しないと全面的に退けようとしている訳です。
旧優生保護法訴訟にも関わってきた原告弁護団の一人によると、「まるでコピペのような同じ文章を見せられている感じ」とのことでした。同じ訴訟専門官が担当しているので、同じような文言になるのでしょうが、国賠を求める国民に対して、国側が裁判を退けようとするときの常套手段の「前提」なのでしょう。
2.立法不作為に関する各論
国会議員の立法不作為については、①「原告の同意入院又は医療保護入院の期間が明らかではない」、②「違法な権利侵害が明白ではあるとはいえない」と反論しています。
①については、伊藤さんが入院していた双葉病院のカルテがずさんで、医療保護入院から任意入院にいつ切り替わったのか記録が無いことによるものです。保護(義務)者であった父親の死去に伴って任意入院に切り替わったと推定されますが、本人がサインした任意入院の書類も残っていないのが悩ましいところです。
②については、国側は「同意入院及び医療保護入院は、他の疾病と異なり、精神障害においては、本人に病気であることの認識がないなどのため、入院の必要性について本人が適切な判断をすることができず、自己の利益を守ることができない場合があることを考慮したもの」としています。「指定医(同意入院では医師)が医療及び保護のための入院の必要があると認めて、保護義務者の同意がある場合に限っている」し、「入院中の行動制限は合理的と認められる必要最低限とされ、信書の発受の制限、弁護士等との電話や面会制限は禁止され、隔離及び身体拘束は指定医でなければできず、処遇の基準も定められている」と主張しています。「同意入院では、知事に対する届け出が義務付けられ、知事が調査の上必要があると認めたときは2人以上の鑑定医に診察を行わせることができ、医療保護入院では、届け出とともに、定期的な病状報告が義務付けられ、その内容が精神医療審査会で審査を受けており、加えて退院請求制度が認められている」と主張し、憲法で保障されている権利が侵害されているとは言えないと反論しています。
3.行政の不作為に関する各論
厚生労働省の行政不作為については、①精神科特例の評価、②原告が法律上の不作為を主張する点、について反論しています。
①については、「医療法は法令によって具体的な員数の標準を定めていない」としています。「精神科特例は、精神疾患の多くが慢性疾患である、あるいは病状が急変することが少ないという特質を踏まえたもの」であり、「もとよりこれは『最低限の人員』を示したもので、一義的に決まるものではなく、国賠法上の違法とはいえない」と主張しています。また、「精神科特例が存在したために原告が十分な医療を受けることができなかったことについて、原告から何ら具体的に主張・立証されていない」と反論しています。精神科特例があったために、伊藤さんが長期入院を強いられた因果関係を原告側は立証せよということです。
②については、「条理上の作為義務は、具体的な法令の規定もない」ことから「前提で記した職務上の法的義務となる余地はない」としています。したがって「厚生大臣に違法はない」し、「厚生大臣は、原告との関係において、法的義務を負っていたとは認められない」と反論しています。
さらに、行政としては、①精神衛生法を改正してきた(精神衛生相談員配置、精神衛生センター設置、在宅での相談対応等)、②社会復帰施設も整備してきた(精神障害回復者社会復帰施設、デイケア施設、精神衛生社会生活適応施設等)、③診療報酬も改定してきた(作業療法、デイケア、ナイトケア、集団精神療法、訪問看護・指導料等)、④地域精神保健対策を推進してきた(通院患者リハビリテーション事業、精神障害者社会復帰相談指導事業、小規模作業所に対する補助予算化等)、⑤精神保健法を制定した(精神障害者社会復帰施設、社会復帰対策予算増額等)、⑥精神保健福祉法を改正してきた(精神保健福祉センター、地方精神保健審議会、手帳制度の創設、社会復帰施設・事業の充実、地域精神保健福祉施策、障害者プラン策定、精神保健福祉関係予算増額等)、⑦精神科病院への指導も行っている(入院患者の人格を尊重し、人権侵害のない処遇や同意入院制度の適正な運用を求める通知等を発出、厚生大臣は、実地指導や精神医療審査会から要請があれば前記監督権を行使することで指導監督は可能であった等)、等の行ってきた事柄を列挙しています。
4.被告国側の反論への評価
行政としては、その時々の状況に応じて為すべき職務を行ってきており、決して不作為を重ねてきた訳では無いと主張しています。上記の様々な施策は、関係者の要求と運動により少しずつ実現してきたものですが、厚労省としてできる限りのことはやってきたという主張は、痛々しい印象さえ受けます。並べられている項目を眺めても、精神科病院に対する強い介入施策は何もしてこなかったことが、よくわかります。厚労省がポジティブにこれまでの成果を示せば示すほど、取り組んでこなかったネガティブな問題=行政の不作為があぶり出されてきます。
霞ヶ関の中央官僚は、極めて優秀な方々です。厚労省が精神医療の現状を知らない訳ではありません。様々な実情を知ってはいても、国が精神科病院に踏み込めないで来た経緯があります。強い政治力をもつ精神科病院協会の利害に関わる政・財・官の癒着が、精神医療に関わる政策決定プロセスをブラックボックス化させています。今回の被告国側の反論書を見ても、この国の精神科病院の「不都合な真実」に触れることを回避する、「大人の事情」による忖度が働いています。原告に向き合うのではなく、守り通さねばならない既得権益と省益が優先されているのは残念なことです。
精神国賠研および原告弁護団としては、法律論の空中戦に終始するのではなく、精神医療ユーザーの体験した具体的事実を積み上げて実態を示し、不作為のまま放置してきた国の責任を裁判官に訴えていきたく思います。
引用元
古屋龍太「不都合な真実を回避する厚労省―第4回口頭弁論で示された被告国側の反論書の概要―」精神国賠通信,No.18;1-3,2021年10月発行