第7回・第8回口頭弁論 2022年5月16日・2022年8月22日

伊藤時男さんを原告とする精神国賠裁判は、これまでの8回の裁判が行われています。今回は、第9回の裁判(11月19日13時半開廷)に向けて、これまでの概要を共有しておければと思います。

1.第7回期日(2022年5月16日)

原告側弁護団より「原告準備書面3及び4」が提出されました。原告準備書面3では、入院治療の必要性のない強制入院は憲法上許容されないこと、原告には入院治療の必要性がなかったこと、国の不作為により原告が退院できなかったこと、原告の権利侵害に対しても国はそれを解消する義務を負うべきことが述べられています。また、原告準備書面4では、同意入院及び医療保護入院の違憲性について、人身の自由に対する制約という観点から主張が追加されています。その原告側の主張内容を、当日の裁判報告会資料からまとめておきます。

(1)入院治療の必要性のない強制入院

前回(第6回)の裁判で、被告国側は原告の入院形態について、「カルテに定期病状報告書の記載がないことから、医療保護入院ではない」と反論をしました。原告の伊藤さんの入院形態については、双葉病院入院当時(1973年)が精神衛生法時代であり、まだ制度上「任意入院」は存在しないことから「同意入院」(現在の医療保護入院)であったことは明らかです。ただカルテが杜撰なため、いつまでが同意入院であったか記されていませんが、記載されている内容や任意入院の同意書が添付されていないことから、カルテの転帰日に記された2003年(平成15年)4月としか考えられません。入院形態の記載はなくとも、実態としては入院を強制され続けてきたことは明らかで、医療保護入院がいつまでであったかの終期が確定できないことを理由として、国の責任が否定されるべきではありません。

伊藤さんに長期にわたる入院治療の必要性がなかったことは、入院時の様子や退院後の状態から明らかです。国の不作為により伊藤さんが退院できずにさまざまな権利侵害が生じたのは、日本の精神医療に関する法や政策の問題であることを、多くの精神科医師らが証言しています。この状態が生じたのは、これまでの精神保健法~精神保健福祉法が、医師に極めて広範な裁量権を与える医療保護入院制度や、患者本人の任意性をなんら担保せず事実上の強制入院を認める任意入院制度を、長年にわたって放置してきたためです。また、少ないスタッフ配置を当たり前にして精神医療の質を著しく低下させ、安上がりの低医療費・低人件費の原因ともなった「精神科特例」が放置されてきたからにほかなりません。さらに、地域医療政策への転換や精神病院への指導監督を国が怠ったからであり、社会的入院者に対する積極的な調査介入救済をせずに放置してきたからにほかなりません。国が作出した法や政策によって、伊藤さんの不要な長期入院という権利侵害が生じているのであり、国がその権利侵害を解消する義務を負うのは当然、と原告は主張しました。

(2)国による積極的救済の必要性

国が、社会的入院者に対して積極的に救済しなければならない根拠の一つとして、被収容者の心理性の問題があげられます。長期にわたる閉鎖的な施設生活の継続により、人が無意欲状態となり無力化されることは、社会学者E・ゴッフマンの『アサイラム』の研究などから明らかにされています。(旧)全国精神障害者家族連合会も、施設症と社会的入院について全国的な調査を行ったうえで、「施設症」を生み出す精神科医療の構造は全国的に普遍的に存在すること、その背景には少ないスタッフ基準や低い開放病床率、長い平均在院日数、社会復帰活動への取り組みの乏しさ、そして地域の社会資源の乏しさ等が関与することを明らかにしています(ぜんかれんモノグラフNo.15「長期入院者の施設ケアのあり方に関する調査研究」)。これらの背景を解消できるのは国しかなく、国は原告に対して権利侵害を解消すべき義務がある、と原告側は主張しました。

(3)医療保護入院の違憲性

医療保護入院の違憲性については、これまでも原告弁護団が主張してきたことです。今回は、強制入院が人身の自由の制約そのものであるという観点から追加して主張を行いました。患者の判断能力の欠如を強制入院の要件としていなかった同意入院制度は明らかに違憲であり、のちにこの要件が付け加えられた医療保護入院も、曖昧な入院要件が放置され、未だに手続きも不十分なままであり、憲法31条(適正手続の保障)に違反します。実際に、社会的入院と呼ばれる状態の入院患者は1983年以降、5万人以上も存在し続けるなど、医療保護入院が厳格に運用されていないことは明らかです。また、合憲限定解釈※のような運用もなされておらず、医療保護入院は違憲状態にあるといえます。

※合憲限定解釈:法律を違憲と判断する余地はあるが、裁判所が条文の意味を限定的に解釈することによって合憲と解釈する、違憲判断回避の方法の一つ。

2.第8回期日(2022年8月22日)

前回(第7回)は、原告側から行政府(厚生労働大臣)の不作為を主張しましたが、今回は改めて原告側から立法府(国会)の不作為事実を示す「原告準備書面5」と証拠資料が提出されました。本裁判の被告は国であり、厚生労働省だけでなく、法律を改廃してこなかった国会の不作為責任も問うているのです。

立法府における精神医療政策の不作為事実を列挙するために、1965年~2005年の約0年間にわたる膨大な量の国会議事録を弁護団は精査しました。精神国賠研の専門部会も資料探索には協力していますが、弁護団の地道な探索作業により、成し遂げられた証拠資料の提示でした。国会(衆議院・参議院)における国会議員(与野党)の質問事項と厚生(労働)大臣及び政府委員の答弁や、参考人の意見陳述等を抽出したものです。この作業により、精神科医療をめぐるさまざまな問題が生じていることを、大臣や議員たちは早い段階で認識し議論していたことが明らかとなりました。

国会での主要な論点をピックアップすると、①社会的入院の問題(社会復帰対策を含む)、②精神科特例の問題、③精神医療審査会の問題、④地域精神医療への転換、⑤医療保護入院制度の問題、⑥任意入院制度の問題、⑦ハンセン病同様の隔離収容政策の問題、等が挙げられます。精神科医療をめぐる問題は国会でも繰り返し議論されてきており、国会議員も政府もあまたの課題を認識していたこと、作為義務を負いながら抜本的改革に着手せず先延ばしにしてきたことを示し、立法府の不作為責任を追及しています。

準備書面ではさらに、日本精神科病院協会会長も「いわゆる社会的入院と呼ばれるものは国の無策の産物」であり「国は精神障害者・精神医療関係者・国民に詫びるべき」と批判していることも付け加えています。

ここまで、だいたい裁判は2か月おきの間隔で開かれてきましたが、被告国側は「反論に少々時間を要する」と3か月後の裁判期日設定を求め、第9回期日は11月29日(火)と定められました。

3.第9回期日に向けて

第9回口頭弁論では、被告国側からの反論を示す準備書面が提出されます。原告弁護団が示した証拠資料に対して、どのような反論を行うのか、注目されるところです。

第2回期日以降、ずっと東京地裁で最も大きい法廷(103号法廷:傍聴席100席)が使われてきましたが、コロナ対策の傍聴席定数制限(1/2=50席)が解除されていることから、30名~40名程度の傍聴人では、空席が目立ち、少人数の法廷に変更される可能性ができてました。お時間に都合の付く方は、ぜひ東京地裁までお越しいただければ幸いです。

引用元

古屋龍太「第7回・第8回口頭弁論の概要―行政府・立法府の不作為責任を追及」精神国賠通信,No.26;1-3,2022年10月発行

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