第9回口頭弁論 2022年11月29日
精神国賠裁判の直近の様子をお伝えするとともに、今後の展開について私見を述べたいと思います。
まず、第9回裁判期日(2022年11月29日)に多数の傍聴をいただき、ありがとうございました。これまでで最多の73名の方に傍聴席を埋めていただき、その後の裁判報告会にも78名(会場65名+Zoom接続13名)の方にご参加いただきました。中には精神保健福祉士を目指している学部生もおり、真剣に裁判の争点や当事者・家族の発言に耳を傾けていました。
今回の裁判では、被告国側から準備書面(5)が提出されました。これは、これまでに原告側が提出した準備書面3・4・5に対する反論書面になっています。報告会で長谷川弁護士から解説された概要を、かいつまんでご報告します(以下、「 」内は被告国側の主張の要約です)。
1.医療保護入院に関して
(1)同意入院・医療保護入院の目的
被告国側は、「精神障害においては、他の疾病と異なり、本人に病気であることの認識がないなどのため、入院の必要性について本人が適切な判断をすることができず、自己の利益を守ることができない場合があることを考慮し、このような者について、自傷他害のおそれがあるとまではいえないが、医療及び保護のために入院の必要があると認められる場合に適正な医療を提供し、もって、本人の利益を図ることを目的としている」ものであり、原告側が述べるような「隔離収容目的」ではないとしています。
(2)入院要件が曖昧で解釈指針もないこと
原告側が憲法違反であると主張していることに対して「行政手続きにおいて憲法31条は直接適用されない。制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、公益の内容、程度、緊急性等を総合的に衡量して決定される」とし、「患者本人の利益を図るという目的は正当であり、人権を過度に制約することのないよう、医師又は指定医が入院必要性を認めたうえで、保護義務者の同意がある場合に限って入院を認めている」「退院の要件、入院中の処遇の基準等の手続き保障の内容が定められており、加えて、精神保健福祉法では医療審査会が設置されており、憲法31条の法意に反しない」と反論しています。
また、国連人権規約(B規約)に反するとの原告の主張に対しては「入院届に対する精神医療審査会の審査でB規約9条4項は満たされている」「自由権規約委員会の一般的意見は、条約解釈を法的に拘束する効力はない」と反論しています。
(3)治療アクセス保証のため
「精神科病院の入院医療は、『自らが病気であるという自覚を持てないときもある精神疾患では、入院して治療する必要がある場合に、本人に適切な入院医療を受けられるようにすることは、治療へのアクセスを保証する観点から重要である』ということは、医師、自治体、学識者のみならず、当事者を含めて共通の認識であり(平成24年のあり方検討会の「入院制度に関する議論の整理」)、そのことは今でも変わらない」としています。
「医療保護入院を即時に廃止するような方向性が共通認識として示されたことはない」し、「国が行ってきた法令改正は、医療の進歩等を踏まえつつ、最善の制度を提供できるよう検討及び改正を重ねており、かつ、権利擁護や地域移行の観点から必要な措置を採ったもの」であるとして、「原告が退院できなかったことをもって直ちに、医療保護入院制度が憲法上の権利侵害が明白であるとはいえない」と結論付けています。
(4)医療観察法との比較
「法律の目的が大きく異なるなど、両法律を単純に比較することはできない」と退けています。
2.任意入院制度に関して
任意入院制度が強制性を含んでいるとの原告の主張に対して、「任意入院は、非強制という状態での入院を促進することに中心的意義がある」。「入院に際しては、患者自ら入院する旨を記載した書面が求められている。退院等請求もできる。退院の申し出があれば原則として退院させなければならない」制度となっているとして、「一般的に、運用として、入院が医師の一方的な判断で行われたり、患者の同意の任意性が確保されないものであるなどとは言えない。任意入院の規定が憲法上の権利侵害が明白であるとはいえない」と反論しています。
3.精神科特例に関して
精神科特例により、他診療科に比して差別的な人員配置となっているとの原告の主張に対して、「精神科特例は、医師及び看護師等の配置基準を緩和したものであり、他のスタッフとは何ら規定がされていない」として「原告の主張も医師及び看護師等の配置基準との関係については主張が具体的ではない」と反論しています。
さらに「全ての医療において、慢性的な治療を要する疾病は存在する。精神科医療においては、精神疾患の多くが慢性である、あるいは病状の急変が少ないという特質を踏まえつつ、あらゆるニーズに対応した精神科医療を想定する必要がある。また、精神科特例は、あくまで暫定的な運用として特例を示したものであることに加え、精神科特例そのものが入退院の時期を定めるものではない」として、「厚生大臣が原告との関係において精神科特例を廃止すべき義務は負わない」と結論付けています。
4.地域医療政策転換義務に関して
原告側の訴えに対して、被告国側は「前提として、法令の規定やその趣旨目的に照らし、作為義務の内容が明確ではない」としたうえで、「昭和40年に中間答申等の指摘や精神医学の進歩による医療体制の変化に基づいて精神衛生法の改正を行なった」「昭和41年に『保健所における精神衛生業務運営要領』、昭和44年に『精神衛生センター運営要領』、昭和50年に『精神障害回復者社会復帰施設』及び『デイ・ケア施設』の運営要領、昭和55年に『精神衛生社会生活適応施設』の運営要領等を示しており、以後も適切に施策を講じている」と述べ、「厚生大臣及び厚労大臣に違法な不作為がないことは明らかである」と結論付けています。
5.精神病院に対する指導監督義務違反
原告側の主張に対して、被告国側は、「すでに被告準備書面(3)で述べたとおりである」として、それ以上の言及はありませんでした。
6.社会的入院者に対する救済義務違反
社会的入院者に対する救済義務が被告国にはあったとする原告の主張に対して、「前提として、法令の規定やその趣旨目的に照らし、作為義務の内容が明確ではない」とし、「これまでも『積極的な退院支援』や『積極的調査介入義務』は国の施策として行ってきた」と反論しています。
7.今回の裁判の評価
上記のように、今回の被告国側の反論は、これまで被告国側が述べてきたことを再度繰り返す内容にとどまりました。これまで「精神国賠通信」紙上でも掲載してきた、被告国側の主張を読んでいただければわかるように、特に目新しい記述もなく、分量もA4判で20ページに満たない薄いものでした。
特に立法府(国会)の不作為責任について追及した原告側の主張に対しては、ほぼ無回答で、行政府(厚生労働大臣)の責任についても「主張が明確ではない」「作為義務は負わない」「違法な不作為はない」と繰り返すのみでした。前回裁判で「反論に時間を要する」として3か月後の開廷を求めたのは、果たして何だったのでしょう。いたずらにただ待たされた感が残ります。
おそらく(これは私見の憶測ですが)、この裁判と同時並行で準備され、国会に上程された「精神保健福祉法一部改正案」を含む「障害者総合支援法等一括改正案」(いわゆる束ね法案)の審議への影響が及ばぬようにということで、省内調整等が為されていたのではないでしょうか。いずれにせよ、新しい反論主張も無いまま「以上!」と締めにかかった感があります。
ちなみに、この法案については、精神国賠研としても見過ごすことができないとの月例会での議論もあり、専門部会で協議して見解をまとめました。12月5日付で参議院の厚生委員の議員たち16名にファックスで送っています。
8.今後の裁判の展開
第9回期日の最後に、原告弁護団からは証言資料を提出することを求め、裁判長に許可されました。これを受けて、次回の第10回期日では、原告弁護団より「証言陳述書」が証拠資料として提出される運びとなりました。この間、会員の皆さんにご協力いただき寄せていただいた、当事者・家族・専門職の「証言陳述書」を通して、日本の精神医療の状況は、この裁判の原告の伊藤時男さんだけでなく、等しく各地で体験されていることを法廷に示していくこととなります。
また、合わせて原告弁護団は、この裁判で問われている隔離収容政策の歴史的経緯や現行の入院制度・精神医療審査会等の問題について、精神科医等の識者に意見を求めることを決め、専門部会でその人選を協議してきています。
裁判はいよいよ大詰めを迎えようとしています。一人ひとりができることは限られていますが、可能な方は第10回期日の法廷に来て、傍聴席から見守っていただけたらと思います。
引用元
古屋龍太「第9回裁判期日と今後の展開」精神国賠通信,No.28;3-5,2023年1月発行