地域移行を考える 1 病院の変容と精神保健改革《ベルギーの事例》

病床を減らせ!と言わずに病床を減らすことに成功したベルギー

日本の病床数を減らすことが難しい理由として、精神科病院の約9割が民間で、経営問題に関連があることがよく挙げられます。

家族会のみんなネットや、事業所連合のきょうされんなどにより改革が紹介されたベルギーも、民間病院が85%、2000年には人口1万人当たり260床と、欧州一の病床大国でした。それが2011年には177床、2017 年には136床、現在は134床(日本は204床)。
30年の改革の間に病棟転換も試すなど、改革はトライ&エラーの歴史でした。

そんな日本と状況の似通ったベルギーが、どのようにして改革に成功したのでしょうか。

【強制入院の条件】

1990年、まず強制入院の条件を定めました。

① 精神疾患が認められる
② 自傷他害のおそれがある
③ 他の方法を探ったが見つからない

これらの条件を確認する方法は年々進化しています。

  • 精神疾患の有無については精神科医が診断します。
    自傷他害のおそれが生じた原因と経緯について、また虐待の有無などの確認を司法手続きにより行う必要があります。必要に応じて判事が自宅等に調査に行く場合もあります。
  • 他の方法を探るのは、可能な限り普通の生活を続け、また憲法に保証された自由を守るためです。本人はもちろん、医療関係者の他に弁護士や判事が参加し、精神保健福祉士、家族や本人の信頼する人を交え、入院以外の可能性を探ります。いわば、最初から退院プロセスが始まると言えるでしょうか。警察による緊急の場合は入院後に確認します。(フランスでは12日以内に弁護士がつき本人が自ら説明し判事による審査が行われます。)

司法へのアクセスの保証は日本では忘れられがちですが、この厳格な基準により、ベルギーの強制入院は4,000人弱、人口が1/10なので、日本の約1/3程度となっています。また、ベルギーも欧州拷問等防止委員会の抜打ち監査の対象国であることを補足しておきます。

2000年頃からは訪問看護が徐々に一般的になり、いわゆる先進的な地域精神保健の考えも広まっていきました。地域には、当事者や家族、それぞれの活動の場、職場、病院や学校、市民団体、政治家なども含まれます。どの一つだけが頑張っても改革はできません。

2007年には、当事者、家族の希望に真剣に耳を傾けようというセラピープロジェクトも行われました。また、海外視察や地域精神保健の研修参加も盛んになり、日本でも講演されたベルナールさんも先進地域リール市でのWHO協働の研修に参加されています。

2010年、ベルナールさんは保健省の改革プロジェクトリーダーとなり、WHOの基準に沿って思い切った改革を始めます。病院で働く人たちのことも考え、改革には病院の協力が不可欠と、病院を味方につける方法も探りました。

【病院の変容と地域福祉への移行】

まず、病院が地域と連携できるように、期間限定の特別な措置法である病院法107号を制定し、それに伴いブルーガイドと呼ばれる30ページ程の手引き書を作成しました。

病院法107号
『設定された実証に基づく、ケアの連続性の道筋と、そのネットワークを築くための各種プログラムに対して、財政的な特別措置により、一定期間、将来を見据えた財源を充てることができる』

ブルーガイド
ブルーガイドには、地区ごとの歴史、現状、改革の目的、理念、5つの機能、研修、プロジェクト期間と内容、自己評価法、などが書かれています。
ここで言う5つの機能とは、
①社会参加と就労、②プライマリ・ケア、③救急センター・病院、④モバイルチーム(急性期チーム、フォローチーム)、⑤住宅です。

【改革の理念】

  1. 利用者のニーズに応える
  2. 本人が選択する
  3. 生活し活動する場でのケア
  4. ケアの連続性
  5. 市民権を中心におく心理社会モデル

【方法】

  1. ネットワーク・コーディネーターが各地域に改革の理念を伝え、進行を見守り改革の本部と連絡を取る。
  2. 病院も含めた地域の専門職※が連携し協働するために継続的に話し合い、本人と家族の意見聴き、実現する方法を探る。
  3. 利用者のニーズに応えるために、各専門職が互いの役割を尊重し平等性を保ち参加する。
  4.  結果を自ら評価する。(※心理師、心理士、精神保健福祉士,作業療法士、精神科医、総合医、看護師、介護士、ピアサポーター、病院など)

病院の専門職を含むあらゆる専門職が、地域で協働できるよう定期的に話し合いを重ね、互いの仕事の内容、役割を理解し、地域毎に連携協働のプロジェクトを自ら作成、それを評価できるようにしました。場合によっては互いの職場を視察し、仕事の内容を確認し合います。話し合いには必ず利用者と家族が参加し、希望や意見は重要な参考意見とみなし有償としました。繋ぎ役であるネットワーク・コーディネーターの養成も重要な要素でした。

病院からアウトリーチするモバイルチームには補助金をつけ、病院の救急センター機能を強化するなど、地域との協働をしやすくして、病院の収益も保障しています。

急性期の期間は45日から27日に短縮、平均入院期間は3ヶ月未満、自宅でのケアが増えています。今では様々なタイプのグループホームがあり、質も概ね良好、フランスからの利用者も受け入れています。

今年は、ベルギーの2回目の国連審査があります。念のため利用者側から提出されている、障害者団体連合Uniaのパラレルレポートを調べてみると、警察官が連行の際、暴力のために死亡した例が挙げられていて、警察官の教育の強化を訴えています。

他には精神保健に関する特段の苦情は見当たりませんので、改革は概ね受け入れられたと言っていいでしょう。

改革の要点を振り返ると、

  1. 強制入院は条件、審査ともに厳格なため日本の約1/3程度
  2. WHOの示す地域精神保健に従い、利用者と家族を尊重した改革
  3. 救急センターとモバイルチームの機能強化により病院の変容を促し、かつ収益を保障

参考文献 :WHO協力センター及びフランス医学系大学継続研修2020、B・ヤコブ講義録(使用許可)

海外の事情 ベルギーの精神保健改革視察報告/伊勢田,増田,氏家/精神障害とリハビリテーション 22(2) (通号 44) 2018 p.171-177

(文責:なかむら)