『障害』を考える 3《障害者権利条約》
「最も脆弱な集団の排除を許容したまま、公正な世界の実現は望めない。だからこそ、メキシコは障害者の権利条約策定のための特別委員会設置を提案したのだ。」
「テロリズムとの闘いと、開発の促進が今日の発言の焦点であり、これこそが国連の新たな歴史の始まりとなるだろう。」
(2001年同時多発テロ後開かれた国連総会でのフォックスメキシコ大統領・一般討論演説)
障害者権利条約は、障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として障害者の権利の実現のための措置等について定めています。ようするに、障害のある人もない人も同じように、好きな場所で暮らし、行きたいところに行けるといった“当たり前”の権利と自由を認め、社会の一員として尊厳をもって生活することを目的としています。そのために何が必要か、どういう考えでのぞむべきかが示されています。そうして、障害者のことを障害者抜きに決めるな、ということです。この「Nothing about us, without us(私たちのことを私たち抜きにきめないで)」という基本理念は、つねに政府を審査し続けるという変化する条約に生きています。
2001年「障害者の権利条約」の策定に関する諸提案を検討するための特別委員会の設置を決定
その後、2002~06年、8回の委員会審議を経て
2006年「障害者権利条約」国連総会で採択。2008年5月発効
2007年9月 日本署名
国内法の改正・整備を経て
2014年1月20日 日本批准
という流れで障害者権利条約が策定されました。2021年8月現在、署名国164、締結国183になっています
中国は2008年8月1日、北朝鮮は2016年12月6日、ミャンマーは2011年12月7日、ロシアは2012年9月25日、ウクライナは2010年2月4日に批准しているんだ
権利条約での障害の定義は・・・
前文(e)
障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め、
第1条(目的)
この条約は、全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。
障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。
「障害が発展する概念」というとらえ方は凄いね! 個人の機能制約と環境の障壁・まわりの人の態度や差別の有無といった社会的障壁との相互作用で変化していく。その作用が障害を創り出すと言っているんだね。
締結したらおしまい、ではない権利条約
障害者権利条約の締約国は4年に一度権利委員会の建設的対話(審査)を受けることになっているんだ。
この審査に先立って、その国の障害者団体が障害者施策についてのレポートを国連障害者権利委員会に提出します。その国の市民団体(NPOや障害者団体等)が「こういった問題がある」ということを独自にまとめて提出するもの。パラレルレポートと呼ばれています。
このレポートに基づいて、権利委員会はその国の政府機関に対して事前質問事項を作成して提示し、回答を求めます。
それに基づいて国内法や施策の改善に取り組んでいるか権利委員会で審査し、改善点をまとめた総括所見(改善勧告)を出します。
この総括所見を受けて政府は改善に取り組むという流れになります。
国際的な視点からその国の改善点を引き出し(総括所見)、それをもとに障害者施策をさらに改善させていくことがこの建設的対話の意義であり、非常に重要な機会なのです。
政府の都合の良い話だけを聞くんじゃなくて、最初に当事者の声を聞いてから審査に入るんだ。やるねぇ国連も
このパラレルレポートは障害者団体等がまとめますので、その国の問題点を明確に指摘することができ、権利委員会の委員にとっては重要な判断材料となります。的確な総括所見を引き出すためにも、非常に重要なレポートなのです。
日本の場合は
2014年1月20日に批准した日本の場合は、2016年5月に施行状況を報告する第1回日本政府報告が提出され、2019年の障害者団体からのパラレルレポート提出を受け、同年10月権利委員会から日本政府への事前質問が出され、その回答を待って、最初の審査が2020年に行なわれる予定でした。
第1回対日審査にむけたパラレルレポートは、各障害者団体が一堂に会した日本障害者フォーラム(JDF)内にパラレルレポート特別委員会が作られて、各団体から出された意見を集約して検討し、2019年6月に完成しました。翌7月に国連に提出されました。
JDFホームページ
https://www.normanet.ne.jp/~jdf/data.html
総括所見用パラレルレポート(JDF→国連・障害者権利委員会)
https://www.normanet.ne.jp/~jdf/data/pr/jdf_report_for_the_session_jp_v2.3c.pdf
事前質問用パラレルレポート(JDF→国連・障害者権利委員会)
https://www.normanet.ne.jp/~jdf/data/pr/jdf_report_for_lois_jp_r9d.pdf
パラレルレポートの提出を受けた国連・障害者権利委員会は2019年10月29日、日本政府へ事前質問事項を発表しました。それは権利条約第1条から33条に関する34項目の質問となっています。
日本政府の回答期限は当初2020年6月8日でしたが、コロナ禍のため2022年6月に延期されました。
外務省ホームページ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
第1回日本政府報告(日本政府→国連・障害者権利委員会)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000171085.pdf
障害者権利委員会からの事前質問
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000546852.pdf
事前質問概要
概略以下の項目について質問がなされています。
・脱施設:地域生活への資源の重点的配分と入所施設削減計画
・精神医療での強制医療の廃止と退院促進・病床削減
・原則的なインクルーシブ制度と教育の社会モデルへの転換
・差別解消法の強化
・「他の者との平等」を軸としたバリアフリー
障害者権利委員会から日本政府に出された事前質問のうち精神障害に関連する項目を抜粋します。
生命に対する権利(第10条)
9.以下について本委員会に対しお知らせ願いたい。
(a)締約国(注:日本)の死の幇助に関する法令が本条約に従い,かつその一般原則を尊重していることを確保するためにとられた措置。
(b)精神障害のある者に対する強制入院又は身体的及び化学的拘束の最中に又はその後に発生した死亡事案の件数,並びにそのような出来事を防ぐためにとられた措置及び加害者を起訴するためにとられた措置。
身体の自由及び安全(第14条)
13.以下のために講じた措置についての情報を提供願いたい。
(a)「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」,特にその第29条,第33条及び第37条,並びに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」を含め障害者の自由及び身体の安全を実際の障害又は障害があると認められることに基づき制限する法律を撤廃すること。これには,障害者の強制的な施設収容を認める法令を含む。
(b)知的又は精神障害のある者の入院件数が増加していることに対応すること,及び彼らの無期限の入院を終わらせること。
これは、びっくり!! 精神保健福祉法の
第29条は措置入院についての規定
第33条は医療保護入院についての規定
第37条は指定医の精神科病院の管理者への報告義務についての規定
これらについて、撤廃することを前提に何を準備しているのかと質問しているわけ。
無期限の入院=社会的入院も止めろ、と。すげ~
拷問又は残虐な,非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰からの自由(第15条)
14.以下についての情報を提供願いたい。
(a)障害者,特に知的又は精神障害のある者に対して用いられる,強制電気痙攣療法,強制治療,隔離,その他同意のない屈辱的で品位を傷つける実践を含む,物理的及び化学的身体拘束の使用を廃止するためにとった法律(「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」を含む)上及び実践上の措置。
(b)「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」のもとで強制治療を受けた又は長期入院している知的又は精神障害のある者の権利の侵害について調査するための独立した監視システムが存在するかどうか。
15.「旧優生保護法」のもとで行われた事案を含め,障害者に対する強制不妊事案を調査するためにとられた措置についてお示しいただきたい。また,強制不妊を受けさせられた者が出訴期限法によって司法手続の利用を制限されるかどうかについてもお知らせ願いたい。「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」のもと行う障害者に対する賠償及び補償の提供のための措置について,補償として支払った金額についての最新情報を含め説明願いたい。
旧優生保護法での強制不妊手術に対する高裁判決が続けて出てるでしょ。大阪高裁の国の保障を求める判決に対して、国は上告したじゃん。事前質問で、15「「旧優生保護法」のもとで行われた事案を含め,障害者に対する強制不妊事案を調査するためにとられた措置についてお示しいただきたい。また,強制不妊を受けさせられた者が出訴期限法によって司法手続の利用を制限されるかどうかについてもお知らせ願いたい。「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」のもと行う障害者に対する賠償及び補償の提供のための措置について,補償として支払った金額についての最新情報を含め説明願いたい」とか聞かれていて、どう答えるつもりなんだろね
自立した生活及び地域社会への包容(第19条)
19. 以下についての情報を提供願いたい。
(a)いまだ施設にいる障害者,施設から退所した障害者と彼らの現状について,とりわけ性別,年齢,居住地,支援提供の有無によって分類した数値。
(b)障害者の施設からの退所についての短期及び長期戦略及びリソースの配分(リソースを精神科病院から個人ごとの支援や地域の利用可能なサービスに移行することによるものを含む)。
条約第19条はどういう内容かというと、障害者が自由に地域で暮らせる権利を保障しろ、ということなんだ。これについて日本政府は何をどう準備しているのか示せということ。
第十九条 自立した生活及び地域社会への包容
この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。
(a)障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと。
(b)地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること。
(c)一般住民向けの地域社会サービス及び施設が、障害者にとって他の者との平等を基礎として利用可能であり、かつ、障害者のニーズに対応していること。
結構、シビアな質問を受けて、6月22日の回答期限がせまっていることもあって、政府はそうとうバタバタしてるみたい。
この質問に対する日本政府の回答を待って、日本政府と権利委員会の『建設的対話』という名の審査が行なわれるんだ。2022年(!)の8~9月に予定されているよ。
(文責・MAN太郎)