地域移行を考える2 日本の精神医療の特異性

医療保護入院とは何か

 医療保護入院の淵源は、1950(昭和25)年の精神衛生法第33条(保護義務者の同意による入院)で規定された同意入院である。精神衛生法は、私宅監置を廃止するとともに、精神病者の医療及び保護を目的とし、知事命令による措置入院と家族の代諾による同意入院の手続きを定めた強制入院(involuntary hospitalization)の手続法であった。同意入院は、医師が入院治療の必要性を認め、保護義務者(=家族)が同意することにより成立する強制入院の一形態である。
 現行精神保健福祉法による入院形態は、任意入院(20条)、同意入院を継承した医療保護入院(33条)、応急入院(33条の7)、措置入院(29条)、緊急措置入院(29条の2)の5つを定めている。応急入院は、同意権者である「家族等」が見つかるまでの72時間限定の医療保護入院の一形態であり、緊急措置入院は、72時間という時間を限定した措置入院の一形態である。任意入院、医療保護入院、措置入院の要件と治療契約は、表1のとおりである。本人の立場から考えると、措置入院だけでなく、医療保護入院も強制入院である。

表1 3つの入院形態の要件、治療契約、費用負担

入院形態要件治療契約費用負担
任意入院当該患者が入院に同意していること病院管理者と当該患者当該患者
医療保護入院指定医が医療及び保護の必要性を認めているが当該患者の同意を得られず、「家族等」の同意があること病院管理者と「家族等」当該患者若しくは家族等
措置入院2人以上の指定医の診察の結果、「自傷他害のおそれ」が認められること指定病院長と知事原則公費


 医療保護入院の本人への告知は、指定医による「入院治療の必要性」及び「家族等」の入院への同意、この2点をもって、医療保護入院とする旨の説明がなされる。つまり、医療保護入院とは、措置症状を認められず、指定医が要入院治療と判断しているにも関わらず、本人が入院に同意していない状況という曖昧な基準により採られる強制入院である。
 精神障害者の「家族等」は、本人への権利擁護的任務として、退院請求などの申立権(第38条の4)や社会復帰に関する相談する権利(第33条の5、第38条)が付与されているものの、権利抑制的任務として、医療保護入院に代諾し、強制入院の最終決定権者となっている。この権利擁護的任務と対極にある権利抑制的任務をひとりの家族が担うことは、結果として、本人との関係性の悪化を招いている。2020年に奈良県精神障害者家族会連合会(まほろば会)が実施したニーズ調査▶1 では、家族同意による医療保護入院を経験した家族308人中、98人(31・7%)が「本人との関係がこじれた」と回答し、こじれた内容について「家族が入院を決めたと責められる」(72・3%)、「過去の入院について責められる」(33・7%)、「退院できると責められる」(25・7%)となっていた。
 隣りの国、韓国はどうなのか。韓国は、日本の法律をモデルに1995年に精神保健法を制定した。呉恩恵(2018)▶2 によると、2014年に当事者団体により「家族と精神科医による医療保護入院」について憲法裁判所へ違憲申請がなされ、2016年4月には、医療保護入院を題材とした映画「ナル、ボロワヨ」(日本題名:「消された女」)が公開され世論を喚起した。同年5月、精神健康福祉法が成立し、医療保護入院は、自傷他害の有無を要件に加え、2週間の診断入院を経て、公立医療機関による二次診断を経なければならない、と要件を厳格化した。韓国憲法裁判所は、2016年9月に「保護者2名と精神科医による医療保護入院」を違憲と判断した。

医療保護入院患者数

 図1は、入院形態別年次推移である。

図1 入院形態別年次推移

出典:『我が国の精神保健福祉』及び精神保健福祉資料より作成


 1988(昭和63)年施行の精神保健法では、任意入院を原則とすることとされた。1998(平成10)年には、全入院患者の7割を任意入院患者が占めるようになった。しかしながら、その後は医療保護入院患者の比率が増え続け、2021年には、医療保護入院者が任意入院者を上回り、措置入院と医療保護入院の強制入院患者の比率が5割を超えるに至った。
 HJ・サイズ(2004)▶3 らの調査によると、入院患者のなかで強制入院患者の占める比率は、表2のとおりである。日本の強制入院比率は異常に高く、精神科病床数も多いことから、人口100万対強制入院患者数は、桁が二つ違う。欧州諸国において、強制入院の適否に家族は関与しない。日本の医療保護入院は、非専門家である家族が入院の決定権を有し、容易に強制入院を可能とする世界に類似例を見出すことが困難な入院形態である。

表2 欧州諸国における非自発的入院患者割合

 調査年非自発入院者割合(%)人口100万人
非自発入院法的基準非自発入院の
決定権者
日本202150.5%1,039人危険性or治療必要性非医療or医療
ベルギー19985.8%47人危険性非医療
フランス199912.5%11人危険性非医療
ドイツ200017.7%175人危険性非医療
イギリス199913.5%48人危険性or治療必要性非医療or医療
イタリアNA*12.1%NA*治療の必要性非医療
イギリス199913.5%48人危険性or治療必要性非医療or医療
オーストリア199918.0%175人危険性非医療
デンマーク20004.6%34人危険性or治療必要性医療
フィンランド200021.6%218人危険性or治療必要性医療
アイルランド199910.9%74人危険性or治療必要性医療
オランダ199913.2%44人危険性非医療
ポルトガル20003.2%6人危険性or治療必要性非医療
スゥエーデン199830.0%114人治療の必要性医療
出典:Saize論文及び令和3年精神保健福祉資料から作成

改正精神保健福祉法の特徴と評価(2022年12月16日公布)

 2022年9月、国連の障害者権利委員会は対日審査総括所見を発出した。総括所見では、非自発的入院(強制入院)の廃止、精神医療審査会の独立性の担保、精神科病院における虐待通報制度と救済措置、精神科病院の脱施設化、無期限の入院の廃止、精神科医療を一般医療と区別しない、などの精神医療保健福祉に関する多くの指摘がなされた。条約は、憲法より下位であるが、国内法規の上位に位置づけられる。法改正が12月であることから、本来であれば、総括所見と整合性のある法改正がなされるべきである。しかし、そうはならなかった。
 2022年秋の第210回国会では、精神保健福祉法を含む5本の法律(障害者総合支援法、障害者雇用促進法、難病法、児童福祉法)の改正をまとめて審議する「束ね法案」が提出された。多くの関係団体から、5本の法律を束ねて審議する乱暴なやり方ではなく、十分な審議時間を確保するよう要望が出されたがその声は無視された。それゆえ、法案の成立には、衆議院で30、参議院で35の夥しい数の附帯決議が付された。
 成立した改正精神保健福祉法について、以下3点に絞りコメントしたい。1点目は、法の目的に「医療及び保護」を残しながら「精神障害者の権利擁護」を加筆したことである。法目的に権利擁護を謳ったことは、評価に値する。2点目は、家族など同意による医療保護入院の手続きの存置及び市町村長同意の要件緩和である。後者の要件緩和により、市町村長同意による医療保護入院者数が増えることが予測される。対日審査の総括所見での非自発的入院の廃止という指摘と逆行するものである。3点目は、入院者訪問支援事業の創設である。長期入院者を再生産しない手段として評価できる。しかしながら、都道府県の任意事業であり、対象を市町村長同意による医療保護入院者等と限定している。国賠研の要望書▶4に記されたように、市町村長同意の医療保護入院者だけでなく、希望する入院者に門戸を広げ、入院者の権利擁護者としての権限も付与すべきである。さらに言えば、都道府県の任意事業ではなく市町村の必須事業とすべきである。
 今回の精神保健福祉法の改正は、精神科医療の一般化や精神科病院の脱施設化など、総括所見の指摘事項に応えていない。2028年には、第2回対日審査が予定されている。今回と同種の指摘を受けないように、幅広い運動と豊かな実践の蓄積が求められている。

マディソンモデルにみる脱施設化の特徴

 1963年、ケネディ大統領の「精神疾患及び精神遅滞に関する大統領教書」に基づいて、精神科医療は、隔離・収容型から地域ケアへと舵を切った。脱施設化と呼ばれる。背景には、1950年代に始まる薬物療法の発展と人権意識の高揚がある。薬物療法は、入院期間の短縮に寄与した。関係者のなかでよく使われる用語であるACT(医療・保健・福祉を包括した訪問系支援プログラム)の起源とされるマディソンモデルのPACTについて、その概要を記しておきたい。
 1960年代後半、米国ウィスコンシン州デーン郡マディソン市にあるメンドータ州立病院では、退院後の生活スキルを獲得する院内プログラムを始めた。しかし院内で身につけたスキルは、地域生活では発揮できず、再発再入院という回転ドア現象がみられた。そこで、院内でのプログラムではなく、生活している地域で必要な支援を継続的に提供していくことが重要であるという仮説を立てた。そのために、多職種で構成される病院の職員を再教育し、新たに設立した地域の支援機関へ配置換えを行ない、地域でのサポートシステムを構築した。この実践により支援する職員は、当事者や地域社会に粘り強く関わらなければならないことを明らかにした。このサポートシステムをPACT(Program of Assertive Community Treatment:医療・保健・福祉を包括した生活支援プログラム)と呼んだ。
 マディソンモデルは、ニーズに基づき複数のプログラムが協働し、包括的な支援を受けることが可能である。最も多くの支援を行なっている機関の専門職がケースマネージャーとなり、サービスのコーディネートを行なっている。提供されるサービスは、アウトリーチ、デイサービス、危機介入、精神科入院、援助付き雇用、ケア付き住居、ピアサポート、服薬サービスなど、多岐に渡る。マディソン市は、精神保健総予算の85%を地域ケアに、15%を入院治療へと組み替えた。その結果、平均入院日数は、任意入院で約5日、強制入院で約15日となっている▶5
 マディソンモデルに端を発する脱施設化は、公立の精神科病院の病床数を削減することにより、専門職と予算を地域ケアに付け替え、地域ケアを充実させている。このシステムは、当事者のリカバリーを促進し、入院医療費の削減との良循環をもたらしている。


注:
▶1 2020年度まほろば会精神障害者家族のニーズ調査委員会:2020年度まほろば会精神障害者家族のニーズ調査報告書 、 2021年
▶2 呉恩恵:韓国の精神保健福祉、ライフデザイン学紀要 13, 49-76, 2018
▶3 Saize Hj, et al(2004)Epidemiology of involuntary placement of mentally ill people across the European Union, Br J Psychiatry, 184, 163-168
▶4 https://seishinkokubai.net/download/2022-12-05/
▶5 平成21年度障害者自立支援調査研究研究プロジェクト:本人中心計画に基づく総合的な支援体制整備のための調査研究報告書、2010年

(塩満卓(佛教大学))