東京高等裁判所 控訴審判決に関する声明

 昨年10月1日の東京地方裁判所における一審の原判決破棄を求め、伊藤時男さんが控訴した第二審の判決が7月10日に東京高等裁判所で出された。

 東京地裁の一審判決は、長期社会的入院の責をすべて原告個人に帰して、法制度等には一切言及しない11頁の短いものであった。裁判での争点を全く踏まえず、精神障害者に対する必要性のない長期の社会的入院を「公知の事実」と断じ、極めて偏見に満ちたずさんな判決文であった。これに対して、今回の東京高裁の二審判決は、医療保護入院の目的や規定、立法府・行政府の不作為責任にも言及して40頁にわたって記しており、準備書面や証拠書類を一応精査したことが窺える記述になっている。しかしながら、結論は一審の原判決を容認する不当なものである。

 控訴審判決は主文で「控訴人の請求を棄却する」とし、判決理由では、被控訴人(被告国側)の主張に沿って「国賠法上の作為義務を国が負っていたとは認められない」とした。そして「よって、控訴人の被控訴人に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、これと同旨の原判決は結論において相当であって本件控訴は理由がないから、これを棄却する」と結論づけている。

 問題の所在を認識しておきながら、国の不作為責任を認定しなかった不当判決に私たちは強く抗議する。とりわけ、医療保護入院について人身の自由の制約であることを認めながら、「憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない。」とした点や、厚生大臣等が「その職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と精神科特例を存続させた(不作為)と認めることもできない。」とした点、精神医療政策についても、厚生大臣等が「漫然と控訴人の主張する各作為義務を果たさなかったと認められるような事情があるとはいえない。」等と否定した点などは、論理整合性を欠くものである。

 私たちは、長期社会的入院を生み出した精神医療法制とこの国の不作為責任を、司法がどのように審理するか注視してきた。憲法に照らしても現行法に至る強制入院制度や長年にわたる隔離収容政策は数多の人権侵害を生んでおり、最高裁判所への上告の可能性を追求することが支援者間で検討された。一方で、あくまでも最終的には、本訴訟の原告・伊藤時男さんの意思を尊重することが共有された。

 伊藤さんは4年10カ月に及ぶ裁判を一度も欠席せず、約40年に及ぶ入院中の自身の外傷体験と向き合ってきた。伊藤さんは熟慮の上で、「二度にわたる請求が棄却されて、もう戦う気力が残っていない。上告はしない」ことを意思表明した。亡くなった患者たちを思い「あの人たちに合わせる顔がない」と述べていた伊藤さんの哀しみと悔しさはいかばかりであろうか。

 伊藤さんの意思を尊重し、最高裁への上告は断念することとなるが、精神国賠研の活動はこれからも続く。私たちは地裁、高裁での二つの判決の理不尽さを当事者、家族、精神医療・保健・福祉にかかわる方々にとどまらず広く市民に問いかけ続けていく。すでに二次訴訟、三次訴訟の原告候補者にかかわる協議も始まっている。この国の精神医療を抜本的に変革し、精神疾患を有する方々への偏見を是正し、共に地域で生きる事のできる社会を目指して、私たちは粘り強く闘い続けることをここに改めて宣言する。

2025年7月24日
(最高裁上告期限の日に)

精神医療国家賠償請求訴訟研究会 運営委員会