伊藤裁判総括フォーラムが2026年3月8日に明治学院大学で開催されました。第1部で杉山相談役による基調講演、第2部では長谷川伊藤裁判弁護団長のビデオメッセージ、古屋精神国賠研運営委員長の報告と提起、そして様々な立場を代表する形で9名の会員が登壇しリレートークを行ないました。その概要を掲載します。
対話と連帯を通して、新しいステージへ
伊藤裁判総括フォーラムで語られたこと
運営委員会委員長 古屋 龍太
伊藤裁判を振り返る対話と傾聴
2026年3月8日(土)、東京の明治学院大学で「伊藤裁判総括フォーラム」が開催されました。会場での対面出席者は79名、ハイブリッド配信のZoom会場には115名、計194名の方に参加していただきました。夜の第3部「伊藤時男さんをねぎらう会」には、対面参加者のうち64名の方が参加されました。伊藤時男さんが切り開いた精神国賠裁判を、一緒に一旦整理し総括する場に、200名弱の方に参加していただき感謝申し上げます。
フォーラムでは、盛り沢山なプログラムが組まれ、第1部・第2部通して3時間半で21名の方が登壇しました。全体のトーンとしては、討論(ディスカッション)ではなく、対話(ダイアローグ)を追求した組立てでした。まず聴くこと、互いの話に耳を澄ませ、一緒に考える場を目指しました。真剣で熱のこもった言葉に、多くの方々が耳を澄ませて聴き入り、精神国賠の意味を考える機会となりました。最後は時間切れとなってしまい、十分に話せずに終わった方には、申し訳ありませんでした。
なお開会冒頭での音声配信がうまくいかず、オンラインで視聴されていた方には失礼いたしました。本フォーラムの模様は、その後音声も修復して編集済みの動画を、期間限定で公開していました。改めて、語られた言葉を確認していただけたかと思います。
第1部で語られたこと
基調講演の杉山恵理子さんからは、「長期入院がひとのこころにもたらす影響」をお話しいただきました。講演の内容は、伊藤裁判で東京高裁に控訴する際に、杉山さんが裁判所に提出してくれた意見書が基になっています。原告のカルテと看護記録に目を通し、さらに伊藤時男さんにインタビューした内容をまとめたものです。
語られた内容と言葉は、かなり衝撃的なものでした。杉山さんは、伊藤時男さんというひとりの長期入院体験者の経過を追って、原告が負ってきたこころの傷を明らかにしました。参加者は、長期入院によるこころの傷つきや残った爪痕にこころ揺さぶられながら、精神国賠裁判の意味を一緒に考えていたと思います。
書籍委員長の塩満卓さんからは、『精神医療の特異な論理~なぜ国家賠償請求訴訟か?』の出版報告がありました。その直後の休憩時間時には、書籍販売コーナーで特別頒布した30冊が完売しました。
第2部で語られたこと
伊藤裁判弁護団の長谷川さんからは、ビデオメッセージで語っていただきました。国賠訴訟を提訴し「おかしいことをおかしいと裁判で声を上げることができたこと」は一つの財産であること、精神障害のある人は長期療養もやむを得ないとの裁判所の判断の根底にはやはり偏見があること、精神国賠の運動を通してコンセンサスを構築して法律の改廃に向けて社会に訴えていくことの大切さが訴えられました。
古屋からは、長期社会的入院を患者の自己責任と考える裁判所の不見識と「公知の事実」を覆していくために、新たな第二次・第三次訴訟の提起が必要であることを述べました。合わせて、そのために新たな「原告要件」の基準を設けたことを紹介しました。
リレートークでは、ファシリテーターの古屋から9名の方に三つの問いを投げかけ、語っていただきました。①精神国賠(伊藤裁判)と出会って思ったこと、②東京地裁・高裁の裁判経過や判決を聞いて思ったこと、③これからの精神国賠への期待や願っていること、の三つです。それぞれの方が語られたこと、その場で感じられたことについて、後日原稿を寄せていただいたので、この後のページをお目通しください。
リレーメッセージでは、6名の方に語っていただきました。東京・神奈川・千葉・大阪の各精神医療人権センターと、精神障害者地域生活支援とうきょう会議、生活保護基準引き下げに反対する「いのちのとりで裁判」の原告から、熱い連帯のメッセージをいただきました。改めて、ご参集いただいた関係者の皆さまに感謝申し上げます。
フォーラム開催の裏方
本会主催で独自にフォーラムを開催したのは、今回が初めてでした。一つの場を準備し運営するのには、それなりの人手と労力を要します。当日までの企画・運営・準備・依頼・調整や、チラシ・ポスター・プログラム抄録集の作成・印刷・配布、当日朝から二つの会場の準備と受付・機器・会場設営、ぶっつけ本番での会場誘導・運営進行・配信・音響・撮影・記録や、出版展示ブースや懇親会会場の準備・設営、終了後の会場の撤収作業や会計処理・ゴミ出し、各所へのお礼と原稿執筆依頼、動画編集と配信準備、等々。
主催した総務委員会の皆さま、朝から晩まで手伝ってくださった会員の皆さま、本当にお疲れさまでした。精神国賠の第一幕は終わりました。次のステージの幕開けの準備を進めていきましょう。
基調講演:長期入院がひとのこころに及ぼす影響について
精神国賠研究会相談役 杉山恵理子

本フォーラムでは、精神医療の長期入院問題と国家賠償請求訴訟の進捗を共有し、特に伊藤時男さんの事案を通じて、長期入院が人権侵害と深刻なトラウマを生むことを構造的に明らかにしたい。第1審・控訴審ともに敗訴という結果ではあったが、控訴審では争点についての裁判所なりの見解=判決が示された。そのことで今後の発信や運動の方向性を再検討する必要性がより明確になったといえる。
裁判の経緯
・現行の精神医療制度の問題点は、精神保健福祉法が、そもそも根本的に人権を守る法制度になっておらず、社会防衛的な発想を内包している点にある。
・伊藤時男さんが第1号原告として訴訟に立ち、第1審では多数回の出廷と陳述を行なった。
・第1審では、精神科医や専門家による意見書、長期収容による施設症に関する資料などを提出した。
・一方で国側は、カルテや看護記録を根拠に、
○伊藤さんがレクリエーションに参加していた
○買物にも行けていた
○入院期間の後半は退院希望を強く述べていなかった
○したがって本人は安定して生活していた
という趣旨で反論した。
・その結果、長期入院の実態や人権侵害性が裁判所に十分伝わらなかったのではないか。
・控訴審では、より心理学的な観点から被害の深さを示すため、杉山が意見書を作成した。
・控訴審も敗訴ではあったが
○第1審判決よりは裁判の争点に踏み込んだ内容
○第1審のような門前払い的判決よりはマシ
という評価。
伊藤さんの長期入院について
伊藤さんは約39年間にわたり精神科病院に閉じ込められ、原発事故に伴う病院閉院という偶発的事情がなければ、現在も入院継続だった可能性が高い。
長期入院の経過は大きく3段階に分けられる。
第1期
・退院希望を繰り返し表明し、諦めず努力していた時期。
・院内作業・院外作業にも真面目に取り組み、「良い患者」であろうとした。
・しかし病院側は退院に積極的に動かず、家族側との調整も進まなかった。
第2期
・退院できない可能性を感じ始め、希望と諦めの間で、もがいた時期。
・主治医や家族への働きかけが減少し、活気も薄れていった。
・希望を刺激される出来事があると強く動揺する一方、再び無力化へ戻る様子が記録されていた。
第3期
・退院要求をしなくなり、入院下で生き延びる道を模索する時期。
・表面的な安定は、自由が回復したのではなく、長期支配への適応の結果として理解できる。
・カルテは入院後15年目までの記録が欠落しており、意見書は主に15年目以降を対象としている。
・少なくとも記録が残る時期には
○症状は消失していた
○対人関係能力も保たれていた
○院外作業が可能だった
ことから、外来処遇が妥当な状態であった。
心理学的知見
・精神科入院は、必要最小限であるべきという入院治療の原則から逸脱しやすく、長期化すると施設症や廃用を生み、身体的・心理的能力を損なう。
・精神科病院での長期収容は、心理学的には「監禁」として捉えられる。
○鍵のある閉鎖病棟だけでなく
○任意入院であっても実質的に出られない状況
○監視下で自由が制限される状況も監禁に含まれる。
・監禁の本質は、善意や悪意の違いではなく「支配と服従」にある。
長期監禁がもたらす心理的影響
★奴隷化
・反抗を許さず、従順さと感謝まで求める。
・精神病院では「良い患者」であることが求められ、退院要求自体が反抗とみなされやすい。
★無力化
・アメとムチ、隔離、身体拘束、過量投薬、面会・通信制限などにより、自律性を奪う。
・他患者への処遇を目撃すること自体もトラウマになる。
★自立性の粉砕
・睡眠、食事、入浴、散歩、買物、日課など細部まで管理され、自分で決める力が失われる。
★ロボット化
・長期支配により、感じること・考えること・望むこと・判断することをやめ、受動的無気力状態になる。
★回避と狭窄
・過去や未来を考えず、目の前の出来事だけに意識を狭めて生き延びようとする。
・レクリエーションのスコアや日課など、限定された対象だけに注意を向けるようになる。
・これらの状態は、複雑性PTSDの理解と重なり
○慢性的暴力
○解放希望の反復的打ち砕き
○身体症状化
を特徴とする深い外傷反応を引き起こす。
・伊藤さんの記録にも、身体症状の増加や希望刺激への過敏反応が確認された
保護因子と生存メカニズム
・長期入院下での生存を支えた要因として、次の2点が挙げられる。
★仲間関係
・同じ病棟の患者同士のつながりが、断絶化への抵抗となる。
・他患者を気にかけ、支え合うことが、人間としての尊厳や効力感を保つ助けになる。
・伊藤さんも病棟内で他患者の様子を見守り、関わり続けていた。
★アイデンティティの保持
・入院生活では個人の属性が剝奪され、単なる「患者」として画一化されやすい。
・伊藤さんは詩、絵画、川柳、自叙伝執筆などの創作活動を通じて、自分らしさと社会との接点を維持した。
・病院外の文化祭や新聞掲載など、社会的承認が大きな意味を持っていた。
・特に川柳活動については
○新聞掲載が生きがいになっていた
○表彰や取材への参加可否が長期にわたり感情面へ大きく影響した
○病院内にいながら社会参加を模索する重要な手段だった
こうした創作活動は、単なる趣味ではなく
○自己価値の確認
○社会との接続
○人間としての継続性の保持
という役割を担っていた。
結論
・長期の精神科入院は、治療ではなく監禁として機能しうる構造的問題を抱えている。
・裁判では、表面的な安定や従順さが「本人の満足」や「人権侵害の不存在」と誤認されやすく、施設症や学習性無力感、複雑性PTSDの理解が十分共有されていない。
・伊藤さんの事例は
○長期入院が人格と尊厳を深く傷つけること
○それでも仲間関係や自己表現によって生き延びうること
○退院後も傷は残り続けること
を示す重要なケースとして位置づけられる。
・現在も日本には3万人以上の社会的入院者が存在し、18分に1人が死亡退院している現状がある。
・この状況は、精神疾患を理由に事実上の無期限監禁を許容しているに等しい。
今後の課題
・今後の活動の焦点として
○法制度改革
○長期入院被害の可視化
○当事者の経験の適切な社会発信
○現在も入院を強いられている人々への支援
・長期入院による被害が裁判で伝わりにくかった要因を整理し、今後の発信戦略を検討する。
・施設症、学習性無力感、複雑性PTSDなどの概念を、司法や社会に伝わる形で再構成する。
・伊藤さんの事例を扱う際は、本人のプライバシーと意向に十分配慮した上での情報発信が肝要。
・現行の精神保健福祉法の構造的課題を踏まえ、法改正に向けた論点整理を進める。
・現在も長期入院を強いられている当事者への支援と連帯の具体策を検討する。
〈文責・MAN AIによるまとめに加筆〉




