第5回口頭弁論 2021年12月6日
12月6日(月)、東京地裁で伊藤さん裁判の第5回口頭弁論が行われました。今回は前回(9月27日)被告国側が示した反論書に対して、弁護団が「原告準備書面2」を提出し反論を展開しました。本文だけで50ページに及ぶもので、その全てを紹介することはできません。当日の法廷では、以下の「要旨」が長谷川弁護士より読み上げられました。
原告準備書面2(要旨)
1 概要
原告準備書面2では、まず、原告のカルテ(入院診療録)の記載をもとに、原告の入院実態を明らかにしている。入院治療の必要のない原告が繰り返し退院を求めたにもかかわらず、入院を強制され続けたという事実に着目していただきたい。原告は、医療保護入院・同意入院制度あるいは任意入院制度によって入院を強制されたことは、原告のカルテから明らかなのである。
そして、その原因は個別の病院の問題ではない。日本の精神医療の実態そのものである。精神衛生法、精神保健法、精神保健福祉法といった法律の欠陥であり、最低限の医療者でも構わないとする精神科特例の問題でもあり、厚生大臣が地域医療政策への転換、適切な医療水準を確保するための病院に対する指導監督、長期入院者の救済を怠ってきたからにほかならない。
日本の精神医療の歴史や経過については、訴状及び原告準備書面1においても主張してきたところであるが、原告準備書面2では、その実態を医師や法律家の著書等を引用し、あるいは、被告の主張に対する反論のなかで、その実態を明らかにするものである。
それとともに、原告準備書面2においては、任意入院制度の違憲性も追加して主張する。任意入院制度は、他の診療科で行われているような普通の入院制度ではない。事実上、入院を強制するシステムとして機能しているのである。
以下、その要旨を述べる。
2 原告の入院の実態
まず、原告準備書面2においては、原告の入院形態について論じている。この点、原告が病院側から開示を受けたカルテには、原告の入院形態が明記されていない。このような状態が生じることが日本の精神医療の実態にほかならないが、保護者の存在を重視する等カルテの記載からすれば、原告は、転院した1973年(昭和48年)9月2日から2003年(平成15年)4月30日まで同意入院または医療保護入院の形態で入院し、以後は任意入院の形態で入院していたことがわかる。
そして、その入院の実態であるが、原告の病状は落ち着いており、入院医療の必要性は認められない。その一つとして、1991年(平成3年)のカルテにはこう記載されている。
「相変わらず平穏。一生懸命炊事場作業で頑張っている。病棟内でも他患と争うこともなく、穏やか。親切に対応している。勿論、異常体験もない。」
そのような原告が、入院期間を通じて退院したいという希望を何度も訴えていた。しかし、それは、ことごとく否定された。主治医ではなく院長の了解が優先されたり、社会資源不足について家族がその責任をなすりつけられ、家族が受け入れない限り退院が進まないとされたり、退院に積極的だった主治医もいたのに、その主治医が変われば退院の話は全く進まなくなったり、入院によってどのような治療をするのか、その一貫性もないばかりか、自分の正確な病名や病状等も説明を受けることもなく、「入院していればいつか治る」などと誤信させられてきた。退院に向けた支援はほとんどない。
本来、原告の病状等に照らせば、地域社会で生活しながら治療を継続することが十分に可能であるにもかかわらず、つまり、入院の必要性がないにもかかわらず、原告は入院を強制され続けてきたのである。
その結果、原告は退院意欲を失い、形式上、任意入院となるが、それは真の任意ではない。むしろ、任意入院であることを理由に、原告に対する権利侵害がチェックされず、入院を強いられていた。
3 日本の精神医療の仕組み-国の不作為
これは原告あるいは原告が入院していた病院固有の問題ではない。日本の精神医療制度の問題である。
かつて公衆衛生審議会の精神衛生部会の委員を務めた法律家である平野龍一氏は、精神障害者の病院収容について、「入れやすく出やすい」「入れやすく出にくい」「入れにくく出やすい」「入れにくく出にくい」という四つのタイプがあると図式化する。日本の精神医療は「入れやすく出にくい」にほかならない。
このような「入れやすく出にくい」精神医療は、隔離収容政策そのものであり、その人権侵害性も極めて明白である。そのため、被告が主張する最高裁の判断基準に従ってもその立法不作為は違法であるし、入院と退院を表裏一体で考えていない法制度の欠缺は、条理によって救済されなければならない。被告は施設整備や地域におけるケア体制などを構築してきたなどと主張するが、日本の精神医療は「入れやすく出にくい」のままである。
原告に生じた権利侵害は、国が責任を負わなければならない。
4 任意入院制度の問題点
また、前述のとおり、原告準備書面2では、任意入院制度が違憲であることを追加して主張する。
任意入院制度は、1987年(昭和62年)に精神衛生法から精神保健法へ改正された際に設けられた入院制度である。
これは、他の診療科における普通の入院とは異なる。任意入院の「同意」は、患者が自らの入院について拒むことができるにもかかわらず、積極的に拒んでいない状態を含むものと解釈されており、自由意思にもとづき積極的に入院に同意している状態ばかりではない。退院制限も法定されている。そればかりか、任意入院制度において、その任意性や入院継続の必要性を審査する制度も原則として存在しない。閉鎖処遇も多く、任意入院という名の強制入院が成立しているといっても過言ではない。
原告もその被害者にほかならず、そのような違憲な法律を改廃しなかった国会の不作為は違法であるし、そのような任意入院の実態について、社会資源の整備を行わず、入院中心の診療報酬制度も是正せず、任意入院を監督する仕組みを構築しなかった厚生大臣の不作為は違法である。
よって、被告国は、原告の入院形態が任意入院であっても、原告に対して賠償責任を負う。
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上記の「要旨」だけでも、今回の裁判の争点が明らかでしょう。原告の伊藤さんは、全く入院を要する状態ではないまま、不当に長期入院を強いられていました。それは個別の病院に限らず、どこの病院でもあり得ました。隔離収容政策による「入れやすく出にくい」日本の精神医療法制度によって生じた権利侵害であるからです。抜本的な政策転換を行わず、長期入院者の救済を怠ってきた国に責任があることを、弁護団は様々な論拠を示し訴えました。さらには、医療保護入院だけでなく、決して患者の自由意志による入院になっていない任意入院も強制性を伴う違憲状態にあることを主張しました。
この原告側主張に対する、国の再反論は第6回口頭弁論(2月24日)で示されます。精神国賠研としては、弁護団とともに証拠書類の探索・収集に努めていく方針です。ご理解とご協力をお願いします。
出典元
古屋龍太「第5回口頭弁論の原告準備書面2――任意入院の違憲性を追加主張」精神国賠通信,No.20;4-5,2021年12月発行


